その歌の息継ぎの息までも好きだなぁ と言い切ってしまうのは
語弊があります。
その人自身はそうでもないから。
初めて聴いたときから 誰かと分かったし、その息継ぎだけが残った。
じゃあ 息継ぎの息だけ好きか?それもなんだかおかしい。変態かも。
じゃあ その息継ぎが大きいのか?いや、普通だと思う。
じゃあ その歌が好きなのか。好きかもしれないし、どうでもいいかも。
結論はよく分からないけど
『十六茶』のCMで流れている曲の堂本剛の息継ぎだけに限って
好きだ。
息継ぎまで大切な歌の一部のように歌っている感がある。
しかも心地よい。
私だけかもしれないけど。